勤続10年の人が退職して転職した自分の責任
私が人事異動で着任した拠点に会社全体のパート職員2,500名の中でNo.1の接客と言われる方がいました。
その方がなぜ1位かというと確かにお客様との接客が上手いのですが、この組織のトップの役員が「彼女の接客は素晴らしい!社内でNo.1だ!」と言っていたからなのです。
役員がこのように評価するのでどうしてもその接客が知りたくて、彼女の接客中の音声を共有してもらい社員で聞かせてもらったのですが、実は私はそれほど素晴らしいとは思えませんでした。
自分の部署にいる方がもっと上手いし、レベルは高いと感じていました。
でも、それを誰も言わないのです。それは役員を否定することにつながる可能性があったからです。
接客の評価でも彼女の点数は高く評価がつきます。確実に忖度です。
その評価された音声をまた聞かせてもらってもこれでこんなに点数が高いの?と感じていました。
『役員の力というのはこんなにも凄いものなのか? 評価まで動かすのか?』
パートといっても2500名全員に評価を点数化するのですから、公正でなければいけないのにおかしいでしょ!と思っていましたが発言はできませんでした。
そして、私が彼女の勤務する拠点に異動することになり、一緒に仕事をすることになったのですが、私が現場で彼女を見ていても接客が上手いとは思えませんでした。他の社員は「やっぱり接客がうまいよね、この部署の誇りです。」などと言っていました。
それから一緒に働く日々を重ねていくと彼女の私たち社員への接し方が他のパートと比較しても格段に素晴らしい気づかいのある対応をしてくれるのです。
「彼女の評価はこれかな?」と思いはじめました。
それから、数ケ月後に担当役員が変わり、この拠点も私が拠点の長として担当することになりました。会社が大きく変わり人事異動や組織の再編で大きく変わりました。
彼女をNo.1と言っていた役員も担当から外れ他の部門に異動となりました。
私は彼女に接客の指導をする担当になってもらい、将来は社員を目指してほしいことを伝えましたが、ご主人が反対するとのことで、指導する業務は担当してほしいと依頼しました。
他のパートでも成長の可能性を感じたら、管理者な仕事を同じようにお願いしていました。この頃は独立採算制が始まり、正社員を多く抱えることができず、優秀なパート職員を活用するしかなかったのです。
実際に仕事を進めていくと指導するパートから多少の突き上げがあったり、指導する立場として責任を重く感じたりがあり、「通常のパートに戻してほしい、退職したい」との声が上がりました。
それでも、ほとんどのパート管理者が思いとどまってがんばってくれていました。
その中で彼女だけは責任のない仕事の進め方をしていたのです。
私の前では全て順調そうに「〇〇さんの接客指導もうまくいきました!理解してくれました」との報告を頻繁にしてくれました。さすがだなと思い安心していました。
しかし、実際に接客指導を受けたパートの接客は改善されていないのです。
不思議に思い、実際に接客指導している場所のそばを通過しながら聞き耳を立ててみると接客の指導がマニュアルの棒読みで「私はやらされているだけなんですけど...」「私は読むだけですから、質問もしないでください」という雰囲気でマニュアルの朗読のようなことをしていたのです。
そこで、本人を呼んで話しをしました。
彼女には「裏で前任の役員とつながっている!」という自信があり、誰もが彼女に強いことを言ったことがありませんでした。私もその陰を感じましたが、そんなこと気にしてもしょうがないと考え話すことにしました。
そして面談を行ったのですが、
私「指導をお願いして申し訳ないですが、通りかかった時に指導方法がマニュアル読むだけに聞こえてきたんだけど何か困っていませんか?」
彼女「いや、特にそのような方法をしていませんよ、たまたま通ったときにそう聞こえただけだと思います。」
私「あのマニュアルの内容はパートの人たちは少し抵抗ある内容だと思うんですけど、これまで毎回報告してくれて、みんな理解してくれているとのことだったけど、指導後に実際の接客はさほど変わってないですよね?」
彼女「そうですか? Aさんはよくなってるじゃないですか?」
私 「Aさんは確かによくなったけどそれ以外は変わってないと思わないですか?」
彼女「確かにそうですね。」
私 「Aさんだけではなく、他の人は理解できていないのではないですか?」
彼女「伝えたんですけど、変わらないのは本人の問題なので...」
私 「それなら、単なるマニュアルを伝えるだけで、やるやらないは本人の判断というなら意味ないと思いませんか?」
彼女「でもAさんは変わりましたよね」
私 「本人に伝えることが目的ではなく、本人がやってみようと思って実際に行動を変えてもらうことが指導なんですよ」
彼女「そこまでは出来ていないです...」
このようなやり取りになりました。
言われたことは行うが責任は持ちたくない様子でした。仕方ないので他のメンバーにも関わってもらい改善をしていきました。
しかし、彼女の手法はほとんど変わりませんでした。
私はその後も何度も本人と話す機会を設けました。他のパート管理者の成長が自分と比較して辛かったようでした。
他のパート管理者は役割の重さに悩みながらも乗り越えてくれました。そのように他人の成長があるたびに彼女はどんどん暗くなっていきました。彼女のNo.1プライドが崩れていくのは理解していました。
そして、私はきっかけになればとあえて厳しいことを面談で言いました。
私 「本音で話しましょう。自分自身も含めてこの拠点で本当に接客が一番上手いのは誰だと思いますか?」
彼女「Aさんです。」
私 「私もそのように思います。自分自身は何番ですか?」
彼女「今の私は上位なんかではないです。接客も暗くなりました。」
私 「私もそう思います。毎日、暗い気持ちで仕事していたら、それはお客様にも伝わります。お客様の前ではプロであってほしいです。なぜ自分が接客No.1になったかはわかりますか? 元の担当役員がこの拠点を引き上げたかったからですよね。ここに自信を持たせるためですよね。」
彼女「...(泣いていました)わかっていました。役員に私が接客No.1と持ち上げてもらっただけということは知っていました。...それも苦しかったんです。この拠点に自信を持たせるためというのもわかっていました。」
私 「そうですよね。でも私は本当にNo.1になれる人だと思っているから接客の指導も担当してもらったのです。もち上げてもらう役員がいなくても本物の実力をこれから接客でも指導でもつけていきませんか?」
彼女「わかりました。がんばってみます。」
この時点は納得してもらったのですが、数ケ月後に「退職したい」との申し出がありました。
理由を聞くと「家庭の事情」とのことで本当の理由は話してもらえませんでした。
私とは一緒に仕事をしたくないという思いなのだと察しがつき了承しました。
退職を取り消すのではないかと期待していました。
結局、予定通り彼女は退職しました。この日が本当に辛かったです。
10年以上勤務していたのに私が辞めさせたようなものです。
何とも言えない気持ちになりました。
優秀な人なのに、本音で心を通わすことができず、その人の涙も嘘の涙か本当の涙かも何度も話してわかりました。
この人にとっては本音で話すことは嫌がっていたのに踏み込んでしまったことが行き過ぎたのだと思います。でも表面的な関係では良い仕事はできないのです。
10年もの月日を会社に貢献してくれたのに私が原因であっさりと退職となりました。
結局は薄い関係しか作りたくなかったのだと思います。
「全国No.1を退職に追い込んだ」と社内のバッシングも覚悟しましたが、全くありませんでした。以前の担当役員からも何も言われることはありませんでした。
私は仕事だけの薄い関係が会社のあるべき人間関係であるのならば、自分はそれ以上の本当の心のつながった仲間の組織をこの場所で作りたいと心に誓いました。
そして、その仲間も今ではみんな別々の会社に転職しましたが、私が出張で行くといつもみんな集まってくれます。この中にこの人もいてほしかったと今でも思いだします。
私にとって今も悔やんでいるのだと思います。